東京の紅葉名所2019

previous arrow
next arrow
Slider

有栖川宮記念公園

概要[編集]

有栖川宮記念公園は、都心には稀な閑雅な地であり[4]、園内は起伏に富み、東側の高台から西南側の低地に向けて大きく傾斜した地形となっている。公園の西端にあって外苑西通り広尾駅方面からの入口となる『有栖川公園前』交差点付近が最も標高が低く、その周辺から右手には南部坂、左には木下坂という、いずれも急坂が公園に沿って上っている。

丘陵より渓谷を下って池畔に至る地形やその周辺に茂る樹木は、日本古来の林泉式の修景による高雅な自然趣味の庭園を呈する[4]。また、園内にはウメスイレンハナミズキなどをはじめとする四季折々の花も多く、秋にはカエデの紅葉も楽しめる[4]

南東側のドイツ大使館に面した広場には、騎馬像の「有栖川宮熾仁親王銅像」[* 2]をはじめ、「笛吹き少年の像」、「新聞少年の像[5]」がある。東側の高台には、東京都立中央図書館が併設されている。

所在地は広尾地区に隣接し、最寄駅は広尾駅である。

歴史[編集]

江戸時代には陸奥盛岡藩下屋敷であった。1896年明治29年)に、有栖川宮威仁親王霞が関の御殿から移動する運びとなり、代替地として御用地となった。威仁親王の生母(有栖川宮幟仁親王の側室)・森則子の住居等が設けられた。御用地は有栖川家が断絶すると、1913年大正2年)には同家の祭祀を引き継いだ高松宮に継承され、高松宮御用地となった。

児童の健康や自然に格別の関心を持っていた高松宮は1934年昭和9年)1月5日、有栖川宮の没後20年の命日にちなんで御用地約11,000(36,325m2)を公園地として東京市に下賜された[4]。東京市はただちに整備工事を開始。有栖川宮記念公園と命名され、同年11月に開園・開放された[4]

1973年(昭和48年)4月1日、有栖川宮熾仁親王の銅像から北東部の一帯、東京都立中央図書館や港区立麻布運動場等が位置する31,235m2が公園に編入された[4]。その後、1975年(昭和50年)には東京都から港区に移管され、区立公園となった。

新宿御苑

概要[編集]

もともとは江戸時代に信濃高遠藩内藤家下屋敷のあった敷地である。 1879年明治12年)に新宿植物御苑が開設され、宮内省(現在の宮内庁)の管理するところとなったが、第二次世界大戦後は一般に公開され、現在は環境省管轄の国民公園として親しまれている。2006年平成18年)に、「新宿御苑」の名を冠してから100周年を迎えた。開園100周年事業の一環として、絶滅が危惧されている植物の保護センターを設置することが計画されている。

例年4月には内閣総理大臣主催の「桜を見る会」、11月上旬には環境大臣主催の「菊を観る会」が開催される。大正天皇昭和天皇大喪の礼が執り行われた場所でもある。

隣接する東京都立新宿高等学校の敷地は、1921年(大正10年)にこの新宿御苑の土地の一部が東京府へ下賜されたものである。

Photo Gallery

Author: nihaojapan